
探偵ナイトスクープにも出てたが、雨の日ほど幸せになれない日はない。
昔は雨だけで霖雨、虎が雨をはじめ数十通りの呼び名があり、雨のたびにそれぞれを呼び楽しんだとされているが、今は雨を避けつつある現代である。
事実、大学でも棟同士をルーフで繋ぐ計画が発起した事がある。
当然、私もこの雨でポインセチアを失くし、生きる糧を失うほど悲しんだ(丁寧にゴミ袋へin)
だが、現代人が雨を嫌う理由は、雨に弱い物を持っているからだと考えた。
歩く人歩く人の鞄には、社会人なら取引に関する書類、学生なら授業のノート、手帳、借りている本、資格の本、紙で溢れた社会に雨は不要なのだ。
紙だけではない、パソコンなどの機械の類は更に雨に弱い。ひょっとすれば持っている鞄すら水に打ち勝てないものもあるだろうし、革靴に至ってはすぐに乾かせない環境にいれば雨は悪臭の素である。
そして雨に打ち勝てないのが忘れがちなのが、人間の体である。
雨で身体を冷やして体調を崩すようなら、身体は雨を非常に嫌う。また、最近は酸性雨とも呼ばれる為、毛髪が貧しい方々には更に大敵となる。
何だかんだいって、紙が雨に濡れておじゃんになろうが、所詮は人間が雨に打たれ弱いからこういった風潮が生まれるのだ。
雨の日が幸せだと感じないのは、自分の所有物が駄目にならないかを確認するのに常に気を張らなければならない事、更に自分が駄目になってしまわないかを心配するからである。
しかし、雨の日だろうが晴れの日だろうが、一日が無事に終われば、それは幸せなことなのではないかと私は考える。
私は雨が降ると、幸せに感じていた土日を振り返りつつ、これからも生きていきたい。
700文字弱の論文を今ここに出したが、この論文が持つ意味は全くないことをここに記す。
ただ私は、探偵ナイトスクープを見て笑っていた件でこの文章が構成されただけなのだ。
そして今年の夏は忙しいだろう。
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